column 2012.3.2
 
稲村ヶ崎R事情

いきものに学ぶ、ものづくり夫婦の暮らしの作法

杉浦貴美子
 

テキスタイルプロダクト作家の瀬戸けいたさん・なおよさんご夫婦が、自宅兼ショップ兼仕事場として選んだのは、稲村ヶ崎の海のほど近く、広い庭を持つ築50年弱の一軒家でした。自然が多い方向へと移動を続ける瀬戸さん一家の、その“ヤドカリ”ライクな暮らし方とは?

2階の仕事場で作業をする瀬戸けいたさん・なおよさんご夫婦。後ろの窓の外をゴトゴトと江ノ電が走って行く。

鎌倉時間の「スイッチ」オン

江ノ電稲村ヶ崎駅から8分ほど、ゆったりした住宅街を歩き、細い小道を抜けてたどり着くのは2階建ての一軒家。昭和39年築の風合いを醸し出す家の前には、50坪ほどの広い庭があり、開放感のある空がひらけている。西側の窓からは山の端をゴトゴト走る江ノ電の姿が、そして2階のベランダからは背伸びをすれば稲村ヶ崎の海も見える。

総床面積は102平米と広く、この家の借主であり、デザインレーベル「seto」を営む瀬戸けいたさん・なおよさん夫婦の自宅兼ショップ兼仕事場の三役を担っている。1階の南側にぽこっと突き出た部屋がショップスペース、ここには玄関を介さず庭から直接入ることができるようになっている。

陽がサンサンと降り注ぐ南向きの家。中央がショップの入口。

瀬戸さん一家は2006年に東京から鎌倉に移住、2011年の秋に鎌倉市内で2度目の引っ越しをして、この稲村ガ崎の一軒家で暮らし始めた。
東京から鎌倉に引っ越してきて実感したことは「時間のスイッチ」が切り変わったこと、とけいたさんは言う。

「たとえば、保育園に娘を連れて行く時とか、妻と仕事の打ち合わせがてらコーヒー片手に近くのハイキングコースを歩いている時とか。身近な自然と触れ合うひとつひとつの時間が濃密に思えて。スローという捉え方ともちょっと違っていて、時間のスイッチが切り変わったというのが一番しっくりくる感じなんです。」

家からは海まで歩いて4分ほど、1日に1、2回はふらっと海を見に行くという。仕事と生活の両方がはっきりとした切れ目をもって分かれることなく、そのお互いに良い影響を与え合っている。ここまで“自然”に導かれてきた瀬戸さん夫婦の、至る道のりはどのようなものだったのだろうか?

庭側の入口からショップをのぞむ。かばんや財布、マフラーなど、いきものをモチーフにしたsetoの商品が並ぶ。

ショップから続く和室。商品や試作がseto 好みの民芸品や郷土玩具と合わせてディスプレイされている。

自然の多い場所に住みたい、二人の答えは鎌倉にあった

今からさかのぼること13年、1999年にsetoの前身となるプロダクトブランド「九印・9brand」を立ち上げた瀬戸けいたさんとなおよさん。吉祥寺にショップを構え、翌年には結婚、二人での活動の幅を広げていく。プロダクト制作に加えデザイナーとしても活躍、ショップでは従業員も雇い、立ち上げからずっと全速力で駆け抜けてきた。そして2004年に長女を出産、子育てをしながらの仕事に、その働き方をすこし変化させることに。

なおよさんは「いざ、子育てが始まったら、仕事との両立が難しくなってしまって……。自宅とショップをそれぞれ別で借りていたから、行き来するだけでも大変になってしまった。だから、もう少しゆっくりできたらと。私たちの制作活動は流行を追う世界とは違うから、じっくりと着実に進められたらと思ったんです」と振り返る。

和室からショップをのぞむ。建具の風合いも古家ならではの醸成感。

そこで自宅と仕事場兼ショップを一緒にしようと計画。「それならば、自然の多い場所に引っ越せたら、と考えました。僕たちの作品は身の周りの小さないきものからヒントを得ることが多いので」とけいたさん。

最初はけいたさんの実家に近い東京の西側を中心に探していたが、なかなかピンとくる物件に巡り会えなかった。その頃、けいたさんの頭の中では、小さいときによく家族で遊びに行っていた葉山の情景が浮かんでいた。
「昼間、海で磯遊びをして、夕方になると釣りをして、夜は山の端に泊まる。明け方になると山に入ってかぶと虫を捕って。海も山もある生活っていいな……」
そんなときネットで物件を探していて、たまたま鎌倉駅から徒歩圏内にある大町の一軒家に巡り合う。

「鎌倉は海も山もあって、神社仏閣などの古いものも残っている。けれど街の雰囲気は古すぎることはなく自由な感じ。それまで発想になかったことが不思議なくらいピタッときた」となおよさんは言う。

いきものが好きなけいたさんと、骨董や古いものが好きななおよさん。物件を気に入ったことが最終的な決断ではあったものの、二人のベースにある大切なものが鎌倉に住むにあたり一致したのだ。

鎌倉への愛着、増殖中

鎌倉市大町で暮らすこと5年、借りていた家が手狭になり、もっと広い場所へと引っ越しを考え始めた瀬戸さん夫婦。ショップと作業場に加え、商品の在庫も場所を取り、家族でくつろぐスペースがほとんどなくなっていたのだ。

それならば、さらに自然が多い場所へ、と鎌倉の街なかからエリアを広げて探し始めた。稲村ヶ崎R不動産(現 鎌倉R不動産)や他の物件サイトをまめにチェックし続けること1年、この稲村ガ崎の一軒家と出会った。

もっと自然が多い場所ならば、湘南エリアから離れる選択肢もあったのでは? と聞いてみると、
「考えていなかったですね。鎌倉の人たちとのつながりが気に入っているので、大町に通える範囲で探したかったんです。地元のお祭りにも引き続き参加したいし。鎌倉の人の、都心にはないご近所付き合いの濃厚さと、個人を尊重する自由な感じのバランスがちょうどいいなって思ってるんです」とけいたさんは言う。

もともと、地縁的なコミュニティに積極的に参加するタイプではなかった二人。けれども、子どもを中心に地域に馴染んでいくうちに鎌倉の人のあたたかさを実感するようになったと言う。前に住んでいた物件の大家さんも近所の酒屋さんも家族ぐるみで仲良し。海沿いを歩いて40分、自転車でも15分ほどの距離の大町には、今もひんぱんに“帰って”いるそうだ。

2階の仕事場には子どもの勉強机も。南側の窓から陽の光が降り注ぎ、冬でも陽の射す日は暖房がいらないほどあたたかいという。

ミシンで作業をするなおよさん。窓には江ノ電の通っていく姿が!

ヤドカリに学ぶ、住処とは?

瀬戸さん夫婦は引っ越しにあたり、不具合がある箇所以外、内装には手を加えなかった。なぜなら「あるものをそのまま大切にしたい」から、とけいたさんは言う。

「本当に生活に馴染むのって、改造を加えるのではなくて、自分たちがその空間に合わせていくことなんじゃないかと思うんです。この家で自身がどう変化していくかを楽しみたい」

日々の暮らしに至るまで、あるがままを受け入れ好奇心を絶やさない、なんと柔軟な考え方! 良い意味で“型にはまり”ながら、自由を満喫しているのだ。

「そう、ヤドカリに似ているかも(笑) 家は生活の装置だと思っているので、そのときの生態にあわせて貝殻を選ぶという感じですね。僕たちにとっては、地域との関係の方が大事で、家である“ハコ”は取り替え可能だと思っているんです」とけいたさん。

なおよさんも「仮の住処だと思って、流動的に捉えています。5年後、自分たちがどうなっているのか分からない、ひょっとしたら鎌倉を離れるかもしれない。その時点での最良の選択をしたいから、動けないほど物を持っちゃうのは嫌だなって思うんです」と言う。

大きな家具といえば、二人でつくった可動式の収納棚がいくつかあるのみ。この収納棚もどの空間にも入るよう計算してつくられている。既成の概念に捉われず、さまざまなハコに自在に身を委ねて行く二人の所作はとても軽やかだ。

50坪の広々とした庭。この庭をどう使うかじっくり考え中。屋外遊具の試作場になるかも? 

左が二人でつくった可動式収納棚。裏側が引き出しと机になっている。

けいたさんが家具制作会社に勤めていた頃に試作した、こちらも可動式の椅子。イヌイットのソリからヒントを得たという。

ここにしかない“場”をつくる

「いきものの生態や形態から学び、自分たちの方法で解釈し、プロダクトに置き換える」
これまで13年間、一貫したスタイルで活動を続けているseto。主な活動であるプロダクト制作に加え、他社へのデザインやアートワークの提供、そして年に数回、個展やワークショップも開催している。最近では、両手を使ってつくる造形を100種のいきものに見立てた本、「てむすび」を出版したりなど、その活動の幅を広げている。

左:setoの代表的な商品Eaterシリーズ。左がOtona-sagari。右がMobile-case 4legs(S)。setoのプロダクトは大人も子どももシリーズで使えるユニバーサルなデザイン。 中上:2010年に出版された書籍「てむすび」(主婦の友社)。中下:おもちゃ「Yamori-magnet」、スイス・ネフ社コレクションに選定されている。 右上:iPhoneケース「UMIUSHI」、好きなかたちに切って使うことができる。右下:バッグ「Furoshiki」、カナダ国立博物館のコレクションとして収蔵されている。

プロダクト商品は、オンラインショップを主に、各地のギャラリーやミュージアムショップなどでも販売をしているが、setoは直営店を開き、お客さんとつながる“場”をつくることを大切にしている。

直営店のショップには、鎌倉に越してからの方が、吉祥寺の頃よりも遠方からお客さんが来るようになった、となおよさんは言う。
「最初は思いもよらないことでした。お客さんはsetoのショップに訪れて、ついでに周辺も観光して行かれるんですね。稲村ヶ崎に越してからは、江ノ電に乗ったり海に寄る楽しみも増えたと言ってくださる方もいます」

利便性の良し悪しでは測ることができない、ここにしかない魅力的な“場”が増えていくことで、このエリアに人が集まるようになる。瀬戸さん夫婦も、点と点でつながるように、周りにいろんな“場”が増えているのを肌で感じているとのこと。広がる素敵な循環の輪。seto のこれからの活動にも注目です!

(2012年1月30日取材 瀬戸邸にて)

関連リンク:
seto
※ショップは土曜のみオープン、他は日曜を除いた予約制です。

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