山と海という自然に囲まれたまちであり、文学や芸術、学問に近い人々が集い、別荘や邸宅を築き作り上げてきたまち。それらを守ってきた継承者がいることに敬意を表します。その守り人たちの存在なくしてこのまちはなく、これからを考えるときには、さらに「この先はどうしたらいいのか」のアイデアが試される。そういう段階にあるのだと、痛感します。
この建物を見たときにも、あと何軒このようなお宅に出会うことができるだろう。残すことができるだろうと、考えさせられました。
この物件がある谷戸は、お寺の借地であることもあり、建て替えや敷地の分割などがほぼ行われてきませんでした。また、鎌倉の中でも古都保存法の規制が最も厳しいエリアにあるため、新築や増改築、樹木の伐採にいたるまで、かなり制限がされており、そのため自然により沿った昔からの町並みが守られてきたのです。
さて、このお宅が新築されたのは資料によるとちょうど太平洋戦争直前のことです。戦火を逃れ今日に至る家は、広い庭に平屋建の古民家というお宅ですが、現在の所有者が取得した14年ほど前に一度大きく手を加えています。
玄関からまずは応接間である洋室へ。応接間に導かれるというのも古きよきお宅ならではの間取りです。応接間は西洋の雰囲気がありますが、格式高い格天井の仕上げ、磨き柱や建具の細工などいたるところに日本の大工の手仕事が伺えます。
そこから奥に進むと、広縁へ出ます。L字に設けられた縁側からは、季節ごとに表情を変える庭を眺めます。広縁に置かれたロッキングチェアにはついつい長居してしまいそうな心地よさが。さらに進むと、奥には4畳半の空間があります。炉も切られており、炉壇をはめるわずかな手直しで茶室に改装も可能です。4畳半の和室からは月見台へ出ることができ、夜はさぞかし粋な雰囲気だろうなと想像します。
その他、小さな女中部屋があることや、お勝手と呼ぶべきダイニングキッチンなど。現代の間取りに慣れている方にとっては、新鮮なものがあると思います。水まわりはユニットバスに変更されていたり、トイレにウォシュレットがついていたりと、少しだけ更新されています。
借地であり、市街化調整区域であり、古都保存法・歴史的風土特別保存地区であることなどから、新築や増改築などはほぼ難しいものとお考えください。基本、この建物をそのまま維持していく形になりますし、事業用途としての使用はできません。そして、取得されたらば再度全体的な修繕を入れることが必要かと思います。特に、水まわりの設備と、給排水管や浄化槽については要確認です。
個人の方がご自身のアトリエ兼住宅とされ、そこにたまに生徒さんが来てお稽古があるような。そんな使い方が合っているように思います。また、山ノ内というエリアには、昔から学問や文学に携わる方が多く住まれていたという歴史もありますので、そういった学者や小説家の方が物思いにふける環境としても良いでしょう。
ひとつの谷戸が守ってきた町並みと文化を、そのまま継承する。そのためにはなにが必要か。不便な暮らしをしなくてはならないのではなく、文化を守りつつ、どこを現代のアイデアでアップデートすればよいのか。現地で一緒に考えてみませんか。 |